②水利用システムのシナリオ作成ツールの構築
地域住民の様々な選好、関係者の多様な意見に対応する水利用のシナリオを作成することが重要だということは先に述べたとおりです。最後に、そのシナリオを生成するツールの開発についてまとめました。

シナリオ生成ツールを構築するには?

アンケートによって計測された地域住民の選好を含め、関係者が持つ多様な意見に対応した水利用システムのシナリオ(代替案)を生成することによって、関係者間の合意形成に向けた議論が進むことが期待されます。そのためには、シナリオを生成するためのツールが必要です。今回の研究では、多目的最適化のアルゴリズムを応用して、こうした多様なシナリオを生成するための枠組みを構築し、実際にそれをソフトウェア(ツール)として実装することを試みました。
シナリオ生成のためには、まず、水源別の取水量、処理施設ごとの浄水・下水処理方式、再生水利用量、市町村-処理施設間の送水量など、対象とする水利用システムの「要素」(=ポテンシャル)を定義する必要があります。そして、各種の原単位を用いて、水利用システムの事業費用や環境影響、資源消費など様々な「評価指標」と、上記の要素の関係をモデル化します(多目的評価)。さらに、水源ごとの取水可能量や対象地域の水需要量といった、水利用システムが満たすべき条件を「制約条件」として設定し、最後に、評価指標を重み付けした関数を「目的関数」として、多目的最適化の計算を実行します。このとき、関係者の意見・選好の多様性を反映した様々なパターンの重み付けをそれぞれに加えることで、多様なシナリオが自動的に生成されるという仕組みです。(都市水利用デザイングループ)
シナリオ生成ツールの設計
▲シナリオ生成ツールの設計
様々な評価指標と水利用システムの要素の関係をモデル化し、取水可能量や水需要量などの制約条件を設定、そして、評価指標に対して重み付けをして多目的最適化の計算を実行し、シナリオ(代替案)を作成する

シナリオ生成ツールを荒川流域の水利用に適用してみると?

このシナリオ生成のアルゴリズムを、実装されたソフトウェアを用いて埼玉県全域と東京都区部(ほぼ荒川流域に一致します)に適用してみました。生成された各シナリオでは、各施設における処理量や処理方式、各市町村において利用される上水の水源別および処理方式別(普通浄水/高度浄水)の割合といった各要素の設計値と、各指標の評価値が出力されます。
一例として、事業費用の低減を最優先した「コスト最小化」シナリオについて見てみましょう(上記図版参照)。浄水処理施設ごとの能力と処理水利用割合を現状システムと比較すると、どの施設で処理能力を増強するべきかがわかります。また、事業費用の低減のみを優先した場合には、どの施設にも高度浄水は導入されないこともわかります。
コスト最小化シナリオの他に、健康面での安全性を考慮して高度浄水量を増やすようにした「安全性重視」シナリオ、地盤沈下への懸念から地下水取水量を最小限にした「地盤沈下回避」シナリオといった、アンケートで得られた地域住民の選好に対応したシナリオも生成しました。これらのシナリオの設計値を、対象地域全体について集計してみると、それぞれのシナリオの特徴がわかります。例えば、安全性重視シナリオでは、ほぼ全量の上水が高度浄水になっています。また、地盤沈下回避シナリオの取水割合では、地下水の割合は非常に小さくなっていますが、ゼロではありません。これは、制約条件として設定された水源別の取水可能量が反映された結果です、このように、"理想"だけではなく"現実 "が考慮されることも、このシナリオ生成のアルゴリズムの特長です。
また、各シナリオの評価値も、現状システムと比較できるレーダーチャートによって出力されます。下に示したシナリオでは、どれも下水処理に高度処理が導入されないので、事業費用は現状システムよりも安く、汚濁負荷は現状システムより多くなるという結果が出ています。また、他の指標と比較することで、これらのシナリオ間の利点と欠点をすぐに把握することができます。(都市水利用デザイングループ)
「コスト最小化シナリオ」の水利用割合/現状システムとの比較
▲「コスト最小化シナリオ」の水利用割合/現状システムとの比較
浄水処理施設ごとの処理能力(=円の大きさ)と水利用割合(=円グラフの内訳)を地図上に 示した。現状システムとの比較で、どの施設で処理能力を増強するべきか把握できる
各シナリオ設計値の集計
▲各シナリオ設計値の集計
対象地域全体のシナリオ設計値の集計。それぞれの水利用シナリオの特徴について、現状システムと比較することができる
各シナリオの評価値
▲各シナリオの評価値
●現状システムと比較した各シナリオの評価値。各指標について"良い"と外側に、"悪い"と内側になるように示されている
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